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ひみつの乗り物
私の伯父は、ある会社で、戦車の設計をしていました。
小さい頃、私と従兄弟は伯父に連れられて、
誰もいない大きな工場の暗い倉庫の中にある、
堅くて、黒っぽい、どでかい乗り物に乗せてもらったことがあります。
小学生になったばかりの私には、それが何なの全く理解出来ません。
ただ少なくとも、当時大好きだったコーヒーカップの形をして
くるくる回る乗り物でも、馬の形をして
くるくる回る乗り物でもなさそうでした。
動く気配も無いし、かわいくもない・・とても退屈な乗り物です。
でも車体についた私と従兄弟の小さな足跡を
伯父が必死で消しているのを見て、
このでかい乗り物が、本当は見てはいけないもの
"ひみつの乗り物"だと言う事が何となく理解出来て、
私はその事にとてもどきどきしてしまったのでした。

私が女子高生になった時、
伯父は酔っぱらう度に、会社の話を夢中になって聞かせてくれました。
私が行った事も無い国や、仕事で活躍している話は、
当時無気力な学生だった私にとって、とても魅力的に聞こえます。
ある晩、酔って上機嫌だった伯父は、
自分の作った戦車の砲弾がいかに命中率が高いかという事を、
とても誇らしそうに話していました。
遠くの標的にも、ほとんど狂いも無く
ピンポイントに当てる事ができるらしいのです。
興奮気味に話す伯父に向かって、高校生としては当然の正義感を持って
"でも、標的って人の場合もある訳でしょ?"
と、ごく当たり前の質問をしてみました。
すると伯父は、きょとんとした顔をして
「だって使わないもーん」と、言ってのけたのです。
「・・・・・」
私の方があっけにとられて、きょとんとしてしまいました。
あぁ、この人は、何となく違う
そういえば会う度いつも沢山話しをしてくれるけど、
一度だって私の事を聞こうとはしなかった。
もちろん"最近学校どう?"って聞かれても、女子高生の私はかったるい感じで
"別に・・・"くらいしか答えなかっただろうけど。
伯父の家族の話や、祖母や母の話をする事もほとんど無く、
いつでも飛ぶ鳥を落としている自分の話に終始していたんだ。
華やかな仕事の話の裏で、
彼は良い父親でも良い夫でも無い事は明白でした。
仕事や会社に全て捧げている様な人のひとりに
私には見えました。

定年退職の時、伯父の家庭は完全に壊れていました。
仕事も無く、家族からも嫌われている。
退職後の有り余る時間に、本当は何だって、いくらだって
する事が出来るはずですか、
伯父は落ちていく事を自ら進んで選んでいるみたいでした。
朝から晩まで、お酒を飲み続け、酔っぱらっては、
姪の私に「死にたい」と言います。

イラク戦争が始まってしばらくたった頃、
伯父が設計に携わっていた戦車が
自衛隊と一緒にイラクに行く事になりました。
その知らせ聞いた伯父は、声を殺して泣き始めました。
「良かった・・」と言っては
体に溜まったアルコールを全部出すように
おおきな涙が、次々と目から湧いてきます。
伯父の中で何か埋め合わせがついたのでしょう。
でも伯父の顔が涙で濡れれば濡れる程、
シューっと蒸発する音が聞こえるくらい
私の気持ちがカラカラに乾きました。
伯父の言うすばらしい・ひみつの乗り物は、
一体何なのか。
驚異的命中率を誇る砲弾は、どっちを向いているのか。
あの堅い車体の壁は、何を守る為に、
何を守らないのか。
伯父は自分の家族さえ守れなかったのに・・・。
大人になっても、全く理解できません。

嬉しくて泣いている伯父を見ているうちに、
私は、悲しくなって泣いてしまいました。
どうか彼の戦車が誰かを守る事はあっても
誰一人傷つけませんように。
やせ細ったからだを"ひみつの乗り物"に乗せて、
彼が何処へ向かっているのか、
私が一番痛い程よく知っています。
かわいそうな、私のだめな伯父さん。

誰も弾かなくなったピアノのある部屋で、
私と伯父は、並んで泣いていました。
陽にあたったたくさんの空の酒瓶が
エメラルドみたいに光っています。
伯父は、本当のところ、この酒瓶の様に
もう空っぽなんだ。
彼は泣いている私を横目で見て
"自分の戦車がイラクに行った事を
一緒に喜んでくれている"と思っているようでした。


私の映画に出てくる姪のちいちゃんは、
今年の春、中学生になりました。
かわいくてとても優しい、
私の大好きな女の子のひとりです。
彼女の将来の夢は、ロボットを作る人になる事。
テレビを見ていたら、優しさを表現する事の出来るロボットが
開発されたというニュースをやっていました。
例えば介護の場面で、人を抱きかかえる時、
極力衝撃を与えないよう制御出来るらしい・・・。
よぼよぼのおばあちゃんになった私が、
彼女のロボットに優しく抱きかかえられてる
姿を想像したりして・・・なんとなく、
企業や技術の有り様に、ちょっとほっとしたのでした。

加藤治代

2007 4 25 pm7:30 カエルが鳴き始めました
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この記事に対するコメント

こんにちは。
5月12日に金沢で拝見させていただきました。その後、監督のお話も拝聴できてとってもよかったです。お酒もうまかったです。
何かを作るということ、伝えることについて考えさせられました。
あと、私の近くに居てくれる人にもうちょい甘えてもいいかなぁという思いを持ちました。これからもがんばってください。
【2007/05/14 02:52】 URL | デカメガネ #- [ 編集]


デカメガネ様
本当にありがとうございました!!!
寝不足が続いて辛かったのですが、コメントいただけて
元気が出てきましたよ!
金沢、とても良い所ですね。またぜひ伺いたいと思っています。
もちろん、沢山いろいろな人に甘えちゃって、幸せになりましょう!!!

加藤治代
【2007/05/14 20:03】 URL | かとう #- [ 編集]


uplinkでの上映に見に行きました。ポレポレ最終日に続いて二度目だったのですが、二回とも加藤さんの挨拶のときと重なって、なにか得をさせていただいたような?感じでした。
挨拶を聞いて、そしてまた映画を見て、今でも加藤さんが作品と、そしてお母さんと並んで歩き続けて声をかけあっているような感じがしてあたたかな気持ちになりました。
見終わった後、渋谷の雑踏に合わない体になってしまっていて妙な感じでした(笑)。
これからもがんばってください。
【2007/05/29 02:01】 URL | kunie #- [ 編集]


大事な人と一緒にいた時間は、例え過去のものであっても、残された人を励まし続けてくれますね。kunieさんが仰って下さったように、私は毎日、しかも何度も母の事を思い出します。二回も見に来て下さって本当にありがとうございます。三回目にお会いできるのは、どこかの道端かもしれませんね。今度見かけたらぜひ声をかけてください。加藤治代
【2007/05/30 11:33】 URL | 加藤 #- [ 編集]


ご無沙汰です。
伯父様の話、なんとも言葉に窮する話でした。
私も広島にいると、当たり前のように稼ぎのために自衛隊に入る人がいっぱいいて、考えてみればそれは戦前からずっと続いていて、今にいたっている。軍事都市あっての広島を思うと「平和」をかかげる広島の矛盾に嫌気がさしてしまいます。
治代さんの日記を拝見しいろいろ考えさせられました。
【2007/05/31 02:52】 URL | 青原さとし #MMIYU.WA [ 編集]


青原様

おはようと言ってご飯を食べ、いってきますと仕事に行き、こんにちわと挨拶しながら道を歩いて、ただいまと帰ってくる・・・広島が青原さんにとってそんな場所であるのですよね。
広島の映像は、いろいろなところで沢山目にします。でも多くのそれと、青原さんの作品が違うのは、きっとそんなところからくるのかなぁと、感じました。重くて辛い歴史を背負った作品は、時間が経てば経つほど、もっと誰にとっても大事な作品になっていくんだろうな・・。
「望郷」、東京での上映はいかがでしたか?ぜひ沢山の方に見ていただきたいです。

コメント、本当にうれしかったです。ありがとうございました。

加藤治代
【2007/06/04 00:43】 URL | かとう #- [ 編集]


叔父さんは、こうして自分の話を聞いてくれる姪っ子がいるだけ、ちょっぴ幸せな気がします。

よかった。

うちの叔父も新聞記者を定年退職して、久々に会った時、別れ際に「新聞記者、辞めればただの人以下・・・」と言い残して去っていきました。

私は、新聞記者の叔父が好きな訳ではなく、偏屈で昔から自分同様変わり者と言われてきた叔父が好きだから・・・叔父さんは叔父さんじゃん。

と、寂しく思ったことを思い出しました。

でも、この世代の人・・・企業戦士っていうのかなぁ?こういう生き方があって、今の時代がある。

と、考えるとしんどい時代を過ごしてきたのかなぁ?とも思います。


新たに高度な技術を開発する為には、軍事用であれば、豊富な資金がある。そこで培われた技術をもって介護ロボットは、生み出されたのかもしれない。

って、考えると叔父さんのしてきた仕事にも未来への希望がもてる気がしました。

楽観的過ぎるかなぁ?
【2007/06/05 10:10】 URL | さよならぐず~ #- [ 編集]


さよならぐず~ 様

優しいコメント、本当に、本当にうれしいです。
"ただの人以下・・"と仰れるのは、素敵な叔父様です。
ほとんどの人が"自分は人並み以上"と思う事に必死になっているのに・・・。

ブログに書いた私の伯父は、祖母の長男です。彼は、自分の言葉通り・・・・緩慢な自殺をとげました。そして計らずも、私はそれに加担してしまった・・・。祖母は、自分の子供である私の母、それから伯父が先が逝くのをみるはめになり、結果、自らの命も明らかに削っています・・・。

人を刺すことも、美味しい料理を作るのも、1本の包丁の仕事なのですね。

加藤治代
【2007/06/07 01:53】 URL | かとう #- [ 編集]


>"ただの人以下・・"と仰れるのは、素敵な叔父様です。

そっか~、そう言うとらえ方もできるんですね!

>人を刺すことも、美味しい料理を作るのも、1本の包丁の仕事なのですね。

生み出す手。破壊する手。
全ては使う人次第ですかね・・・。

人の死。特に身近な人の死に関しては、多くの人が自分に少なからずも責任があると思うのではないでしょうか?

私の曾祖母の墓は京都のどこかにあるらしいのですが、誰もその場所が分かりません。

だから、私は時々友達に母から聞いた曾祖母の話をします。

それが彼女への供養だと誰かが言ってくれたからです。

加藤さんの叔父さんの日記。とっても粋な供養だと思います。

そんな私も身近な人に死の責任を感じて、ここ2年ぐらい?結構しんどかったです。
だから、その人の話題とかされるのもするのも駄目だったけど、最近はちゃんとするようになりました。

外に出すことで、気持ちの浄化になるみたいっす。

亡くなった人より、今生きている自分が一番しんどいんだから。自分のことを一番に考えてもいいんじゃないでしょうか。

自分自身に言ってますけど。(笑)

また、長くなっちゃった。スミマセン。
【2007/06/09 13:39】 URL | さよならぐず~ #- [ 編集]


さよならぐず~様

>加藤さんの叔父さんの日記。とっても粋な供養だと思 います。
そんな私も身近な人に死の責任を感じて、ここ2年ぐらい?結構しんどかったです。

こんな風に言っていただけると、ほんと、ちょっと気が楽になります。皆、いろいろあるよなぁーって・・・。亡くなった人の話をしている時、実は本人が近くでこっそり聞いているのだと言われた事があります。もちろん確かめようが無いけれど・・。楽しい話をしていたら、きっと喜んでくれるますよね。
コメント、本当に嬉しいです。元気が出ました!

加藤治代


【2007/06/11 22:26】 URL | かとう #- [ 編集]


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